ファーストがニューヨークNO WAVEの匂いを持っていたのに対し、このセカンドでは90年代のミニマルミュージックたるテクノのテイストをループを繰る事でロックの新たな地平を垣間見せてくれた。ロックとテクノの融合、みたいな陳腐なものではない。聴いていて時空間感覚に錯覚を覚えたのはこのアルバムの他にROMPの豊永亮のディレイワークくらいのものだろう(自分の経験上)
ところでこのアルバムの発表って2000年でしたっけ?もう少し早かった気がする。
ナイヤビンギとはラスタファリから生まれた言葉でラスタの宗教的な集会のことらしい。休日の朝に丁度よいユルさ。3枚組の大ボリュームなのでとりあえず1枚め。
酔った。寝たら終点、寝たら終点。
デイドリーム・ネイション以前と以後で区切るか、このEVOL以前、以後で区切るかでソニック・ユースの位置づけが変わる
うちにあるのはリマスタ盤のほう。Wall of soundならぬCurtain of soundという感じか。カーテンにくるまって遊ぶ子供。
それほど気にならなかったんだが最後の日本ツアーの時に初めて観て好きになった。evensもいい。
ブッチャーズ吉村さんが亡くなったときにfeverで催された吉村秀樹会で形見分けみたいな形で「CDご自由にお持ち下さい」で頂いた。もし自分が留萌の中学生だったら、吉村さんにこれを聴かされて"壱万円"って書かれたノートの切れ端を渡され焼きそばパンを10個買いに行かされた挙句「ちゃんとお釣貰って来いよネコババすんなよ」って言われてたかもしれない。
割とコンパクトな編成と楽曲でいて、この情報量。クドさはなく程よい密度の波動が可視化され時間と空間を漂う様子。キーワードはマイペース。
数年前、久しぶりに人前でやった演奏がこれのパート2みたいだった。こんなに練られた構成じゃなく垂れ流しだけど。
ある種、特異点的なアルバム。ファーストの頃からの明快でメロディックなアップテンポのパンクな曲と展開が多く密度の高い曲が全体感を損なうことなく共存している。活動後期まで演奏された「BLOOM」や「夏の逃げ水」のように日本語の歌詞の曲がこの頃から増えている。独特の言葉選びは後に活躍するバンドにも何かしら影響を与えているように思う。
来日するらしいですよと言われて新譜聴かずにこれから聴き始める(最近のは全然聴いてない) ボビーの目つきは相変わらず悪そうだがHigher than the SunとDon't fight it,feel itはやっぱり好き。
公式盤では一番聴かないアルバム。発売当時はライブを観たこともなかったので単純にこのジャケのデザインが同じ頃イギリスにいた某バンドを彷彿させ食わず嫌いで遠ざけていた。後になって手に入れた(HeresyのKalvが運営していたIn your faceから日本盤に先駆けリリースされた)イギリス盤再発を聴いて後悔した口。このアルバムだとダンシングクイーンやキッズアーオールライトのカバーとかLittle bit sad Song(トリビュート盤でpaumeが素晴らしいカバーを提供)ようなメランコリックな曲も聴ける。ニューキー祭はもう少し続く。
「えーそれではニューキーパイクスはじめます」直後の「ヒューっ」という奇声を発しているのは俺
グランジやらミクスチャーやらオルタナティヴなる冠詞がロックに付着して久しい90年代中盤を嘲笑する様子を収めた一枚